2024年03月19日

九州はなぜ「畜産王国」なのか? 九州の地形から謎を解こう

九州の畜産業は牛・豚・鶏のどの肉も産出額や飼育頭数などで全国首位を占める「畜産王国」。国内で消費されるお肉の多くは九州産だと言っても過言ではない。では、九州はなぜそんなに畜産業が盛んなのか? そこには九州独特の地形と土壌が影響しているのだ。そして九州の景色には九州のお肉と深い関係があるのだ。

トップ1・2の鹿児島・宮崎は 火山灰地の不毛地帯を畜産国に

鹿児島県伊佐市の沖田黒豚牧場の放牧豚(写真提供:沖田黒豚牧場)

 南九州の土壌を「シラス台地」と表すことが多い。桜島などの火山灰地なのだという。しかし実はこの「シラス」とは地質学用語ではなく、「白い砂」という鹿児島地方の方言だ。その「白い砂」の正体は火山噴火による火砕流や火山灰であり、それが堆積した土地を「シラス台地」と呼ぶのだとか。
 さて、南九州に広く分布するシラス台地の正体は桜島の噴火物ではない。約3万年前の錦江湾北部の巨大噴火で降り積もった火砕流・火山灰などの堆積物。桜島の北側の錦江湾は巨大噴火で陥没した「姶良(あいら)カルデラ」であり、鹿児島市のかごしま水族館と桜島の付け根に位置する垂水市の海岸沿いが海中カルデラの縁にあたる。その巨大噴火で起きた火砕流や火山灰が南九州のシラス台地を形成した、というわけ。
 この台地は水分を保持しにくい乾燥土壌のため稲作が適さず、「不作の土地」と呼ばれてきた。しかし、サツマイモや大豆、トウモロコシの栽培には適していたため、鹿児島ではサツマイモ栽培が盛んに。そして養鶏や養豚などの畜産が行われ、肉用牛の飼育も明治以降に広まった。しかもシラス台地で栽培したサツマイモやトウモロコシはそれらの飼料にもなり、一石二鳥の効果も。

錦江湾北部には火山の巨大爆発で陥没した姶良カルデラがある(©鹿児島市)
鹿児島黒豚のしゃぶしゃぶ肉(写真提供:株式会社チームふらっと)

長崎の離島は牛のパラダイス? ミネラル豊富な牧草でスクスク

宇久島の木場放牧地の牛。島の観光地にもなっている。(写真提供:宇久町観光協会)

 長崎県は畜産業、中でも肉用牛飼育が基幹産業だ。長崎県は離島や半島が多く、リアス海岸の複雑な地形で平坦地よりも傾斜地が多いため耕作地に適していない。離島を含め、海岸総延長国内2位という特徴もあって、勢い漁業が盛んな県だ。農作物はじゃがいも、いちご、ビワなどが主流だ。
 しかし宇久島、壱岐島や久賀島、平戸島などは広い平地があり、牛の飼育に適している。四方を海に囲まれた島は牧草が潮風を受けて育ち、ミネラル分が豊富だ。また、牛に限らず全ての動物は塩分が生命維持に不可欠だが、牛の場合は1日80gの塩分を必要とする。海風にさらされている牧草、牧場の土などには塩分が含まれ、その意味でも島や半島は好条件。因みに佐賀牛の主産地はやはり内陸部より唐津周辺で、これも平坦地であると同時に海のミネラル分、塩分を含んだ牧草に恵まれているからだろう。
 さて、島原半島は半島の中央部に普賢岳、国見岳などがあり、平坦地に乏しい地形のため、牛の飼育には適していない。しかし、養豚・養鶏が盛んな地域であり、共に長崎県の主産地になっている。この地域からはSPF認証連続20年以上の「芳寿豚」や、楽天通販サイトでランキング3冠獲得の「雲仙ハム」が出ている。

五島福江島の観光スポット大瀬崎灯台(写真提供:株式会社チームふらっと)
地底からの蒸気と硫黄の匂いが立ち込める雲仙地獄(写真提供:株式会社チームふらっと)

阿蘇の野焼きが育む草原地帯 千年の営みによる農業遺産

南阿蘇村池の窪園地のあか牛放牧(写真提供:道の駅阿蘇)

 世界最大級の阿蘇のカルデラは、27万年前から9万年前までの4回にわたる阿蘇大噴火によって形成された。約1.3万年前からススキ属主体の草原が広がっていたと考えられるが、火山性土壌で農地には適していなかった。阿蘇に暮らす人々は千年前から野焼きを行い、これによって生物多様性の草原を創出、維持してきた。そして平安時代から馬や役牛を放牧し、馬糞牛糞による土地改良も行われてきたという。何よりも広大な大地は牛の放牧飼育に適していた。
 現在、観光客を魅了する日本最大級の草原には「牧野」と呼ばれる専用の放牧地があり、放牧されたあか牛の姿が見られる。そのルーツとなる牛は千年前から阿蘇で暮らしていた。阿蘇で本格的に肉用のあか牛飼育が始まったのは戦後だ。
 春先の野焼きで生物多様性の草原が成り立ち、肥沃な牧野であか牛が健康的で栄養豊かな牧草や野草を食べる。放牧で適度な運動をし、元々脂肪交雑率(霜降り状態)が低いあか牛の肉は脂身の少ないヘルシーな牛肉として人気だ。阿蘇で行われる野焼き・採草・放牧といった営みは、ヒゴシオンやヒゴダイ、オオルリシジミなどの多様な動植物の生態系の維持にもつながる。そして千年以上続くとされるこれらの営みが世界的に評価され、ユネスコの「世界農業遺産」(2013年)、「世界ジオパーク」(2014年)に認定されている。

ヘルシーな味わいが人気のあか牛の精肉(写真提供:あか牛の三協グループ)
千年以上続く阿蘇の春の風物詩の野焼き。(画像提供:阿蘇市)