2024年03月17日

見よ、これが熟成肉だ。常識を覆す鏡山牧場の挑戦。

熟成庫で熟成された放牧黒毛和牛の牛肉(写真提供:鏡山牧場)

美味い牛肉とは未経産の若い雌や去勢した雄の肉、霜降りの入った新鮮な赤い肉。牛舎で既定の穀物中心の飼料を与えられ、しっかり霜降り肉になるように育てられた牛。そんなイメージを抱いていないだろうか。それを覆す手法で豊かな味わいの肉を届ける牧場が宮崎県延岡市の鏡山頂にある。それが「株式会社鏡山牧場」だ。

異業種から飛び込んだ畜産の世界 自由な発想と行動力で切り拓く

鏡山山頂で牛を放牧する八崎秀則社長(写真提供:鏡山牧場)

 標高645mの鏡山山頂の牧場で同社代表の八崎秀則さんが牛を飼い出したのは2016年。今年でまだ10年にも満たない。牧場は行政が管理していた育成牧場の跡地だ。八崎さんの経歴もまたユニークだ。生まれは瀬戸内海に浮かぶ小さな島。高校中退後、オートバイ業界に進んだが、実家の建材店の後継者に。農園芸資材メーカーを起業し、自社開発の土壌改良資材で成功を収めた。その人脈で農業者との出会いを積んだ。
さらに海外を回るうち、「自分で食べ物を作る生産者になる」夢が芽生えてきた。帰国するや福岡を拠点に九州の市場を見て回り、夢が具体性を帯びていった。「宮崎県で牛を飼う」。なぜ、宮崎県で牛を飼うことにしたのか。その問いかけに八崎さんはこう答える。「美味しい牛肉に出合ったことがないから、自分で作ってみよう。宮崎県は日本一の畜産県だから、不自由なく畜産を学べると思ったんですよ」。
しかし、実際はたやすくはなかった。移住した延岡市では新規就農で畜産をしようと相談しても「素人には難しい」と言われるだけ。自力で放牧適地を探し回った。そして見つけたのが、行政が運営していた育成牧場の跡地。それが「鏡山牧場」だ。ところが未経験者には貸せないと言われる。「では経験を積めばいい」と畜産農家で研修し、自ら牧場を開墾。宮崎大学農学部出身のスタッフと共に牛を繁殖させてみせた。こうして2017年に延岡市から鏡山牧場の施設貸与が認められたのだった。

ストレスフリーの放牧飼育で 和牛の赤身肉の美味さを追求

常時いる2頭の牛は繁殖障害があるが、放牧牛の「お手本」的存在。(写真提供:鏡山牧場)

「鏡山牧場」には2つのブランドがある。「八崎牛」は自社で黒毛和牛を放牧して牧草(グラスフェッド)を食べさせている。黒毛和牛の多くは牛舎で人口配合のカロリーの高い穀物(グレインフェッド)を与えられている。これは短期間で牛を成長させ、霜降り肉に仕上げる目的があるからだ。しかし、鏡山牧場の「八崎牛」は霜降りより赤身肉を目指して牧草を与える。一方の「九州クラフト・エイジドビーフ」は他社から経産牛の生肉(しょうにく)を仕入れ、独自の技術で熟成(後述)させる。
 「八崎牛」は8歳前後の経産牛を3月から4月にかけて導入し、放牧期間は5月下旬から10月下旬までの間で、牛の状態を見ながら仕上げ期間を見極める。「あえて経産牛を導入するのは肉の味が年齢と共に濃くなるから。8歳前後が肉付きもいいんですよ」と八崎さんは言う。他社から仕入れた牛は牛舎育ちのため、いきなり放牧させることはできない。1か月ほど「放牧馴致」という慣らしを行う。これらの牛は「待機組」と呼ぶ。牧場には繁殖障害がある2頭の牛がおり、放牧が好きなのでこうした経産牛の放牧の手本を示している。ちょっとほのぼのとした光景が想像できる。
 ストレスフリーな環境で野山を歩く牛は余分な脂肪が落ち、牛肉本来のうま味のある高タンパク質な赤身肉になる。しかも牧草由来のオメガ3脂肪酸、リノール酸、β―カロテンを摂取しているので、肉を食することで人もこれらが吸収できる。健康な牛から健康を頂く。食の原点でもある。

独学で習得した「熟成肉」の技術 水分調整でうま味を引き出す

適切なドライエイジング法によってうま味が凝縮された熟成肉に。(写真提供:鏡山牧場)

さて、鏡山牧場は「八崎牛」「九州クラフト・エイジドビーフ」共に「熟成肉」に仕上げる。牛肉は熟成するとタンパク質が分解され、筋膜は高濃度なうま味成分のアミノ酸に転化する。このうま味成分が精肉の数倍にもなり、筋繊維のコラーゲンが切れて肉も軟らかくなる。この「熟成肉」の魅力を存分に引き出すべく、鏡山牧場では肉の水分調整にこだわる。牛肉本来の味を変化させるカビは付着させないという。しかもその技法は独学で習得したというから驚きだ。

熟成前の肉
熟成後の肉

専用の特殊な熟成庫は、国内の熟成庫メーカーと細かく相談しながら特別仕様にしたもの。温度や湿度を厳密に管理し、空気の循環によって水分を飛ばしていく。一般的な熟成方法よりはるかに短期間で熟成させられるため、カビの付着などを防げる利点がある。安心して熟成肉を提供できるという。「黒い表面部分でも安全に食べられるんですよ」と胸を張る。
 現在、鏡山牧場の熟成肉は延岡市のふるさと納税返礼品になっている他、自社サイトの通販でも取り寄せが可能。また、延岡市役所内の「アガタ食堂」をはじめ、九州では5軒の飲食店で取り扱われている。また、2024年4月後半より現在休業中の牧場レストランも再開する。まずは熟成赤身肉の濃厚なうま味を、そしてしかもヘルシーで軽やかな食べ応えを、その舌で経験してほしい。

株式会社鏡山牧場

宮崎県延岡市北川町川内名6677-6

0982-20-3688