2024年02月27日

ロースハムは日本が発祥地! 久留米から始まるハムの物語

贈答品としても喜ばれるロースハム(写真提供:松尾ハム)

 日本でハムと言えばロースハムが人気だ。そのロースハムは他のハム同様、発祥はドイツかフランスか、いずれにせよヨーロッパだろうと思っていた。疑うこともなく、そう思っていた。恐らく大半の人も同じだろう。しかし、ロースハムは日本生まれなのだ。そしてその物語の始まりは福岡県久留米市にある。ゆかりの深いハム製造店を訪ねることに。

ドイツ人俘虜収容所での 出会いがハム製造の道へ

「松尾ハム」店内に掲示された当時のドイツ人捕虜たちの写真

 今からおよそ百年前の話である。第一次世界大戦下、中国・青島(チンタオ)で捕虜となったドイツ兵は日本国内の俘虜収容所へ送り込まれた。中でも久留米俘虜収容所はその第一号であり、最大規模だった。1300人を超すドイツ捕虜兵の中に、食肉加工の経験があるアウグスト・ローマイヤ―がいた。その彼こそ、後にロースハムを開発する人物である。そして彼からドイツハムの製法を学んだのが「松尾ハム製造所」創業者の松尾音吉。
 実は「松尾ハム製造所」は2017年に後継者不在で一度は店を閉じた。しかし、音吉の孫である元工場長の義兄林之寛氏が、「伝統の味を失うのは忍びない」と、2020年に「松尾ハム」として復活させた。「松尾音吉は長崎のクリスチャンで、久留米の教会に呼ばれて移住してきた」と林氏。音吉は外国航路船などのために、保存用の塩漬け肉を作る心得があったという。ラードを作れた音吉はそれにニンニクや塩で味つけをし、「代用バター」として収容所に納品していた。そこで調理場を担当していたローマイヤーと親しくなり、ドイツハムの製法を伝授されたのだった。
 1915年(大正4年)、音吉は「松尾ハム製造所」を創業。しかし、この時点ではロースハムはまだ生まれていない。日本定住を決めたローマイヤーが東京でロースハムを生み出すのはその6年後、1921年のことだった。

「松尾ハム」店内に掲示されたアウグスト・ローマイヤ―の肖像写真

もも肉ではなくロース肉 ボイル加工で切りやすく

復活した松尾ハムがつくるロースハム。伝承の手拵(てごしら)えハムであるというメッセージをラベルに込める。

 一時、帝国ホテルの料理人を務めたローマイヤーは、有力なスポンサーらを得て「ローマイヤー・ソーセージ製造所」を開業。ドイツ式もも肉ハム・ソーセージを作るうち、不要なロース肉の使用を思い立つ。塩漬(えんせき)したロース肉を巻いて牛の盲腸に詰め、スモークし、さらにボイルした。ロース肉の使用とそれを巻いてボイルする工程はこれまでのハム製造になかった点だ。ボイルしたわけはハムが柔らかく、すぐに食卓で切り分けられるからだ。そのため当初は「ボイルドハム」「ロールハム」と呼ばれたという。しかし、これこそが日本発祥の「ロースハム」だった。
きめ細かく、しっとりと柔らかさがあり、日本人好みのロースハムは、価格も比較的安価だったことから瞬く間に人気に火が付いた。ローマイヤーの商売は軌道に乗り、銀座に開いたレストランは著名人や皇族が訪れるなど、ビジネスで成功した。しかし、彼自身は生涯職人気質の実直さを貫いたと言われる。彼の名を冠したハム製造会社と銀座レストランは今も残る。

松尾ハムの商品イメージ。左がロースハム。(写真提供:松尾ハム)

ローマイヤーの技術を 今に伝えるヤギシタハム

ヤギシタハムのロースハムイメージ。

 1923年の関東大震災でローマイヤーの会社は倒壊したが、同年、南品川で土地を借りてハム造りを再開。その際に雇った5人の直弟子は「ロースハムの誕生-アウグスト・ローマイヤー物語」の書籍にも登場し、日本の食肉加工業界の発展に重要な役割を果たすことに。その一人に八木下俊三がいた。彼はローマイヤーにドイツ式手造りハムの技法を叩き込まれた。彼は九州の良質な豚に目をつけ、日本人の味覚に合うオリジナルの味付けの調合レシピを研究。当時の福岡県八幡市(現北九州市八幡西区)に移り、兄弟の道三、九一と1928年に創設したのがヤギシタハムだった。以来、ローマイヤー製法とヤギシタ独自の秘伝の味は現在まで受け継がれている。
ヤギシタハムによれば、「食肉衛生環境基準などの時代の変化には対応しつつ、基本となる原料の整形や、失敗すれば腐敗と紙一重ともいわれる10日~14日間の長期塩漬熟成法は現代も変えていない」という。熟成による肉本来の味を引き出し、ヤギシタ秘伝の熟成液をじっくり染み込ませて、乾燥させてしっかり燻煙することで完成させる。さらに、ヤギシタハムはでんぷん類などの増量剤は肉本来の食感と質を重視しているため、増量目的では使用せず卵アレルギーへの配慮で卵も基本的には使用しない。主原料の肉の配合比率が高いロースハム、ベーコン、ソーセージを作る理由は「ローマイヤー氏が日本に伝えた1900年代のドイツ製法で作る本当に美味しいハムを知ってもらいたいから」だという。
ローマイヤーのハム造りの技法を基にアレンジしたヤギシタ製法は、96年間創業者のこだわりの味を今もなお守り続けている。

肉の整形の様子
塩漬熟成の様子
肉を円形に充填 
充填後の竿掛け

百年の物語を引き継ぐ 松尾ハムとヤギシタハム

右から松尾ハムのロースハム、焼き豚、ベーコン(写真提供:松尾ハム)
ヤギシタハムのロースハムイメージ(写真提供:ヤギシタハム)

 松尾ハムは先述の通り、創業102年で一度は幕を下ろし、そして復活した。林氏を技術面でサポートしているのは、実は創業者の孫の元工場長松尾俊之氏。80歳になる。「店舗再開から最初の1年は一緒に作った」という。今も時折、味と品質のチェックをしてくれる。店舗再開でそれまでの個人業から法人化させたのも、今後の事業継承を見据えてという。久留米ゆかりのローマイヤーが生んだロースハム。その食の歴史と文化を繋ぐためだ。
 一方、ヤギシタハムは4年後に創業100年を迎える。そしてここにもベテラン工場長の存在がある。工場長の中俣公三郎氏は89歳!八木下俊三の最後の直系弟子であり、ローマイヤーからすれば孫弟子になる。18歳からこの道で働き、今も週3日は味の確認で工場に出勤する。松尾ハムもヤギシタハムも、ロースハムに共通しているのは濃厚な肉の味がすること。九州で日本生まれのロースハムの伝承味を守り、引き継いでいるのだ。

松尾ハム

福岡県久留米市上津町1828-8     

0942-21-8886          

営業時間 10:00~17:00      

定休日 水曜・日曜・祝日

ヤギシタハム

北九州市八幡西区則松3-14-11   

093-692-4186(代表)      

営業時間 9:00~17:00      

定休日 水曜・日曜・祝日