格子の背広に、らくだの腹巻、足元は素足の雪駄履き。いつもおなじみの「寅さん」である。
ときには道端で真っ赤に熟れた柿をかじり、バス停で居眠りをし、見知らぬおばちゃんと世間話にときを過ごす。おそらく、戦後のガムシャラな高度経済成長期に、「寅さんのように生きたかった」サラリーマンたちは星の数ほどいただろう。彼らの身代わりに、寅さんは旅を続けたのだ。
その寅さんもきっと大好きだったのは「温泉」である。映画のシーンにも、山あいに上る湯煙の風景が、何度登場したことだろう。
九州の中でも、大分と熊本は温泉のメッカ。30作の『花も嵐も寅次郎』では、大人気の沢田研二と田中裕子をゲストに迎え、現由布市の湯平温泉で幕が開く。かつてこの温泉で仲居をしていた母が死に、その遺骨を持った沢田研二が小さな宿を訪れるのである。田中裕子は居合わせた観光客。そして寅さんは、いつものように商売で同宿し、二人の恋の橋渡しをする役回りとなってしまう。湯平の、湯気に曇った石畳の坂道や、軒先を寄せて並ぶ木造宿の風景は、今も当時のままだ。ちなみに、ラストシーンは別府の鉄輪温泉である。
43作『寅次郎の休日』では、日田周辺が舞台になった。もう恋愛の主役は寅でなく甥の満男。恋人の泉の父親探しに、日田から小鹿田を訪れる。みんなで日田の祇園祭を見物し、そして泊ったのは日田に近い天ヶ瀬温泉。山に抱かれた玖珠川で、川をせき止めた人気の露天風呂は、撮影後にできたものらしい。
熊本も、21作『寅次郎わが道をゆく』で宿を取るのは、寅さんらしい小さな温泉・田の原温泉。哀愁漂う湯の宿には、今も当時の写真が飾られている。火の国のシンボル阿蘇山も、もちろん登場。12作『私の寅さん』で、当局に必死の嘆願をして火口付近でのロケを敢行したと、撮影秘話が残っている。ラストシーンで火口付近で商売をする寅さんがそれだ。40作のラストシーンも島原市島原城。寅さん映画でラストを飾る九州の風景が多いのは、光栄なことである。
大分空港~(70分・バス)又は大分~(10分・JR)別府~(80分・JR)由布院
由布院~(55分・JR)日田~(60分・JR+90分・バス)杖立~(45分・タクシー)田の原~(65分・バス)阿蘇
内牧~(30分・バス+90分・JR)熊本~(50分・バス)熊本港~(210分・バス)本渡港~(10分・徒歩)天草市~(60分・バス)富岡港~(60分・フェリー)茂木港~(40分・バス)長崎~(60分・バス)長崎空港