2024年02月22日

野山を走り回る黒豚は 足腰しっかり、肉が美味い!

 以前、家畜を動物本来の環境で育てるアニマルウエルフェア(AW)に触れた。狭い飼育舎に閉じ込めず、屋外でのびのびと飼育するAW飼育。1960年代にイギリスで始まり、先進国などの畜産業界に広まったのは2000年代という。しかし、鹿児島県伊佐市の沖田牧場は50年前から、山の中で黒豚を思いっきり走らせてきたのだ!

放牧養豚の先駆けは沖田黒豚牧場 鼻ぺしゃ黒豚をこよなく愛して

広大な山の放牧場を自由に動き回る沖田黒豚牧場の黒豚(提供:沖田黒豚牧場)

  沖田黒豚牧場は伊佐市の山間の田代地区にある。牧場主の沖田健治さんを筆頭に2世代家族で営み、次男夫婦が養豚場を受け持ち、長男は牧場直営レストランを経営する。「父の代の頃の田代地区では牛の放牧をしてたんですよ。でも専業農家が消えて牛を飼わなくなった」と健治さん。そこで牛を飼っていた沖田家も、牛の放牧地を豚に開放した。それが1973年のこと。国内でも先進的なことだった。
 ところで、伊佐市は「鹿児島の北海道」なのだとか。にわかには信じられないが、盆地のため冬は格段に寒く、数年前には氷点下15.2度を記録したことも!盆地だから夏はまた暑い。そんな環境で豚は大丈夫? 「外に出したら豚はもう喜んでね~。ノビノビ走り回って、寝転んで。もうこっちは追いつけない」。健治さん、笑顔だ。自由を得た豚は性格まで変わる。ストレスがないためか、人懐こくなるのだという。「可愛いですよ~」と健治さんが目を細める。
 沖田黒豚牧場で飼育する豚はかごしま黒豚の定義であるバークシャー種。しかし、品種改良が進む近年にあって、沖田家のそれは在来の血筋が強いという。鼻が伸びて胴体が大きくなった改良種に比べ、鼻がペシャンとしゃくれている。「ずんぐりむっくりで鼻がしゃくれてるから、余計可愛いんですよ~」。またまた目を細める。話を聞いている方までなんだか微笑んでしまう。

鼻がペシャンと短く、上に向いているのが昔ながらの鹿児島黒豚(提供:沖田黒豚牧場)

「天空の放牧場」で育ち、 大地の栄養もしっかり吸収

沖田黒豚牧場の黒豚のロースブロック。

 もう少し、放牧養豚の話を続けよう。そもそも放牧養豚にはどんなメリットがあるのか。沖田黒豚牧場は山の中に4か所放牧場を持ち、総面積は11ヘクタール。東京ドーム2.5個分の広さという。その山の斜面を走ることで、豚の筋肉が締まる。特にもも肉の張りが違うと健治さん。「土を掘り起こして食べるから、土の塩分や新鮮なミネラルがたっぷり摂れる」。豚もブロイラーと地鶏の違いと同じ。運動不足だと筋肉繊維が太く締まりがなくなる。あ、いや、これは人間も同じで…。ストレスのなさも病気に強く、肉質を向上させる。結果、「肉の味に奥行が出て、脂も甘くて美味しくなるんですよ」。
 現在、沖田黒豚牧場では母豚100頭を含め、常時約1200頭を飼育している。母豚は年2回出産し、月平均約150頭が生まれる。生後4か月で放牧場に出し、生後8か月で体重が110~120㎏になったら出荷する。年間約1500頭が食肉として地場大手の「ナンチク」を始め、直接契約している東京・静岡・大阪などの店に渡る。鹿児島市の「城山観光ホテル」レストランでも「沖田の黒豚」として出されるという。同ホテルに行く機会があれば、ぜひ、味わってほしい。

上質肉に育った放牧豚を 直営レストランで提供する

直営のレストラン「和-のどか-」の豚しゃぶ。前日までの予約で、コースは4950円。

 さて、健治さんの案内で直営の牧場レストラン「和-のどか-」へ。山の中腹に拓け、目の前の山が豚の放牧地。すなわち「天空の放牧場」だ。オーナー料理人として店を仕切るのは健治さんの長男の大作さん。福岡市の料理店で修業し、東京・銀座店のオープニングスタッフとしても働いた経験を持つ。ここで店を開いて10年になる。実はレストラン経営は健治さんの父の夢だったとか。自前で育てた豚を味わってもらう。その夢を孫の大作さんが果たしたことになる。
 とんかつを一口食べて、思わずうなった。美味い。肉が程よい弾力を持ち、柔らかさと噛み応えの絶妙なバランスを伴っている。肉としての主張がしっかりしているのだ。だから美味い。そして脂も甘くてあっさりとしている。とんかつであっても脂が口の中に残らず、後味が良い。だから美味い。次はしゃぶしゃぶ。もうこれは言うまでもない。肉の繊維が締まり、そして固くならず、されどしっかりと肉の旨味を伝えてくれる。しゃぶしゃぶ、湯にくぐらせて食べ続けても飽きない。
 訪れる人は店の前の山を走り回る黒豚を見ながら、この美味い豚肉に舌鼓を打つ。ずんぐりむっくり、鼻ペシャンの黒豚は天空の牧場を今日も元気に走っている。

衣もサクサクッと軽やかな歯ざわりで肉の美味さを引き立たせている。

沖田黒豚牧場(直売所)
鹿児島県伊佐市大口田代1916
電話:0995-28-2408

牧場レストラン「和 -のどか-」
鹿児島県伊佐市大口田代1558-66
電話:0995-28-2098
定休日:月曜日

沖田健治さん(左)と長男の大作さん
牧場を望む牧場レストラン「和-のどか-」