おいしい島 九州

縄文時代から未来へ続く循環型農法 椎葉村に受け継がれてきた焼畑

椎葉村の焼畑〈宮崎県椎葉村〉

「山を焼くことで、山が元気になる」。これは、焼畑を行ってきた人々が言う言葉だそう。九州脊梁の山あいにある秘境・椎葉村の中心部からさらに山道を車で40分ほど。縄文時代から続いてきたと言われる日本古来の農法である焼畑を今も継承する椎葉勝さん、ミチヨさんが暮らしている向山地区があります。2015年に世界農業遺産に認定された「高千穂郷・椎葉山地域」で、焼畑と、焼畑農法で育った作物で作る伝統食を、今に伝えてきた人々の営みを紹介します。

日本国内での継承者は椎葉さん家族のみ
世界的に高く評価されている焼畑農法

夏の盛りの8月上旬。前日に雨が降らず、当日の風が強くない日を見極めて、宮崎県東臼杵郡椎葉村の向山地区に連なる山の急斜面に、火入れが行われます。鎌などで燃えやすい草木を刈って防火帯を作り、山の神に唱え言とお神酒を備え、祈りを捧げます。一度に焼く面積は30a〜1ha。火が燃え尽きるのを見届けた後、その日のうちにソバの種を蒔きます。
5000年前から続く原始農法としての焼畑を日本国内で現在継承しているのは、向山地区で「民宿焼畑」を営む椎葉勝さんとミチヨさんだけと言われています。農薬や肥料を使わず、自然の力を生かす循環型農法として、世界的に高く評価されている焼畑。深い山間地で暮らす家族の食料を確保し、保存食として蓄えるために、連綿と続いてきた農法です。

点々と、椎葉さんの焼畑が見える向山地区

椎葉勝さん

椎葉村で受け継がれてきた栽培法で
在来種の野菜を育て続ける

椎葉さんたちが継承してきた焼畑には決まったサイクルがあります。火入れをした焼畑で、1年目に育てるのは、多くの養分を必要とするソバ。2年目にはヒエまたはアワ。3年目には土壌を肥やすマメ科の小豆。4年目は大豆です。焼畑で育てた雑穀は毎年秋に収穫し、脱穀などをして大切に貯蔵します。4年間作物を栽培した後は、約20年間以上、栗やクヌギを植えて育て、伐木の時期がきたら土地を切り、焼くのは24〜25年後。このことで森林が再生し、土壌が回復するのです。
「ここは、去年の8月3日に焼畑をしたところ。標高は855mくらいかな」と椎葉さん。50年以上前から種とりを続けている在来種のソバのほか、平家カブと平家大根の種もばら蒔きしてあり、ところどころに越冬して育った緑の葉が見えています。「今年は雪が降っていないのでまだ小さいけど」と言いながら、大根を抜いた椎葉さん。「明日の朝、大根おろしにしましょう。まだ少し辛いかもしれないけどね」とにっこり。

毎年8月に行われる火入れ

1年目にはソバを栽培

昨年種を蒔いた平家大根

休ませている間の土地は森林にして、
動物たちとの共存を大切に

焼畑をしていない場所には、檜や栗などの落葉広葉樹が育っています。椎葉さんが大切にしているのは、山に棲む動物たちとの共存です。「ちゃんと猪の餌場を作ってあげておくと、畑の作物を食べたりはしないんですよ」と教えてくれます。椎葉さんは、一旦椎葉村を離れたものの、20年ほど前にUターン。「この場所だったら、自分で作って食べることができる」ときっぱりとした口調です。

左上から時計回りにアワ、小豆、大豆、ソバ、ヒエの種

山で収穫した山菜。天ぷらや味噌汁などにします

焼畑で育った雑穀や山で採れた山菜
伝統食が並ぶ夕食は滋味深い味わい

さて、椎葉さんが営む民宿焼畑に宿泊したのは立春前。夕食には椎葉村で受け継がれてきた伝統食が並びます。ヤマメの背ごしと地鶏のたたき。干したけのこのきんぴら。大根と芋、たけのこ、こんにゃく、椎茸の煮物。山菜の三杯酢漬け。金柑。大根の葉、ヒメジオン、ヨモギ、ムクボカヅラ、ハハコグサ、セリなどの山菜の天ぷら。ノビルと柚子の漬物。ごぼうや椎茸、イリコで出汁をとった「わくど汁」には、ソバを茹で柔らかく溶いた団子が入っています。近くの豆腐屋が作る季節の野菜が入った豆腐。こんにゃくに添えるのは、6月に収穫して保存している梅のソース。いずれも、素朴ながら滋味深い味わいです。
そして翌日の朝食には、前日に抜いた平家カブの味噌汁と、平家大根のおろしが添えられていました。椎葉さんの言葉通り、大根おろしはピリッと辛く、ヒエご飯が進む力強い味がしました。

宿泊した場合の夕食の一例

囲炉裏で焼くヤマメの塩焼きも美味〟

「わくど汁」のわくどは、蛙を指す椎葉村の方言。ソバ団子が蛙に見えるのが名の由来

INFORMATION

そば打ち、こんにゃく作り体験などが可能

焼畑蕎麦苦楽部

椎葉勝さんとミチヨさんを中心に、焼畑を次世代に残そうと集まった地域の人々で構成。メンバー全員で、焼畑にする場所の大木伐採や青草刈りといった火入れまでの準備や、種まきなどの作業を行っています。手造りの建物の内部では、焼畑に関する資料や農作業の道具などを見ることができます。共同作業体験場「焼畑粒々飯々(つぶつぶまんま)」では、そば打ち体験や餅つき、こんにゃく作りなどの体験が可能(2,000円〜2,500円/3名〜受付、予約制)です。

宮崎県東臼杵郡椎葉村不土野843
TEL.0982-67-5516(民宿焼畑/焼畑蕎麦苦楽部)