「民俗神」とは、既成の宗教の領域に属さず、地域社会や一般民衆の間に成立・発展した信仰の対象としての神をいう。特定の教義や教祖を持たず、地方色が豊かなのが特徴。「田の神」もそのひとつで、稲を守り、稲作の豊穣をもたらす農業神である。
里に住む民にとっては祖霊神であり、稲作が始まる春に山から下りてきた「山の神」が田の神となって農業を見守り、収穫の済む秋にまた山に戻ると信じられてきた。東北地方では「農神」、は「作り神」などとも呼ばれる。また、東日本では恵比寿を、西日本では大黒を田の神とする傾向が強いといわれる。
田の神舞(たのかんめ)…毎年9月23日に、鹿児島県出水市高尾野町の紫尾神社と松ヶ野公民館で奉納される。五穀豊穣に感謝し、田の神に餅をついて供えるまでがユーモラスに演じられる。
田の神講(たのかんこ)…近所の家々が集まって農作業について話し合うと同時に、田の神様に五穀豊穣のお礼を述べる行事。当番になった家に集い、餅をつき、稲藁で作ったワラヅトに入れて田の神さぁの肩に掛け、お神酒を捧げて祝う。
田の神戻し…鹿児島県薩摩川内市祁答院町の藺牟田地区に伝わる伝統行事。田の神さぁを「宿」と呼ばれる地区の新婚家庭が1年交替で預かり、大事に保管する。田の神戻し当日の4月10日には、田の神さぁを化粧直ししてかごに乗せ、へグロと呼ばれるススを見物客たちに付けたり、踊りを舞いながら、新しい宿へ届ける。
回り田の神…田の神さぁを次々に当番の家へ回し、豊作を祈願する風習は、いまも各地に残っている。当番の家では田の神さぁに化粧を施し、床の間に祀ってごちそうを供える。薩摩藩領では昔、平日に村で打ち寄り酒を飲むことが禁じられていたが、田の神祭りの日だけは飲酒が許されたという。
榊晃弘写真集
『薩摩の田の神さぁ』
『薩摩の田の神さぁ』
平成6年5月から平成14年7月まで、8年間にわたって撮影された旧薩摩藩領内の田の神さぁ113体を収録。「うちの爺さんの話では、ある不作の年に田の神さぁの首に荒縄をまき、田の中を引き廻し、『不作はあんたの働きが悪いからだ。来年は頑張ってくれ』といって泥まみれになった体を水で洗い流し、元の場所に戻したそうです」。「あとがき」にある曽於市財部町で著者が聞いた話からも、庶民の"仲間のような“田の神さぁの姿が浮かび上がる。