いま焼酎ブームである——といわれている。ブームは一過性を意味する言葉である。語源は当然アメリカ、西部の新しく生まれた町をブーム・タウンと呼んだあたりから、生まれた言葉と思うが、こと焼酎に関しては「ブーム」という表現は当らない。
昔から、それぞれのくにに根ざしてきた文化そのものを最もよく表わしているのが焼酎である。
一冊の名著がある。「焼酎文化図譜」。著者は南日本新聞社長を務めた川越政則氏(発行・鹿児島民芸館1988年版)1800頁に及ぶ分厚い本、奄美、薩摩、宮崎、大分、壱岐、対馬、沖縄、八丈島‥‥各地の焼酎の歴史、それをとりまく料理、小ばなしなど含めて、読み易い。読んでいて「したり」と相槌を打ち、「ニタッ」と笑う——焼酎を通しての文化風土論が展開されている。
——焼酎文化、それは自前の文化である。それは周辺文化とか辺境文化などではない。
薩摩の島津氏、球磨の相良氏、対馬の宗氏、沖縄の尚家‥‥いずれも中世以来明治期まで変ることなく国を治めてきた。その中で育ってきた飲酒文化が焼酎だ。シラス台地で育った焼酎、その独自の文化を旅人はこう讃えた——「ぢゃん棒の あまきもよろし からいもの焼酎も好し 南国の味(与謝野寛)—相良七百年は米焼酎に代表されている。
球磨は米焼酎の祖国。田山花袋は「なんともいわれない芳烈な味と匂い、私は自分を忘れるほど酔った。」
戦後の植民地的な亜文化から脱皮し始めた日本人が地酒や郷土的なものへ帰ろうとすることは当然である‥‥——と。
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皆様にご紹介しようと思って版元に電話してみた。著者は先年逝かれた(82歳)。ご夫人と話を交わした。「主人はこの本は焼酎のバイブルになる」と数年間心血を注いで取材し書き上げた。「私も取材に同行し、メモをとったり、原稿の清書や校正に大変でした。原稿用紙に5000枚、テープレコーダーやワープロのない時代です。この本の著作に心魂を傾けつくしたのでしょう。上梓したら疲れが出て‥‥。ええ、飲まない日はありませんでした。全国から問い合わせがありましたが、品切れで申し訳ありません」「そんなに評価して頂いて嬉しいです。主人も喜んでいることでしょう」。
電話の向う、80歳を越えた奥様のしっかりした、明澄な話しぶりに誘われて、つい話し込んでしまった。
「水を飲むときは、井戸を掘った人の苦労を思え」よく言われるが、本当に氏のような先人が、詳しく書き記してくれたから、いまの私たちは、焼酎を学び知ることができる。
図書館で、古書市で探し求めてでも、一読、いや、繰り返し繰り返し読む価値ある本だ。
「焼酎を飲むときは、著者・川越さんの苦労を思え」。