正月公開が多かった「寅さん」シリーズでは、よく「凧揚げ」のシーンが登場する。五島にも鬼の絵が書かれた「バラモン凧」という独自の凧が伝わっている。バラモンとは五島の表現で「活発で元気のいい」こと。6作で寅さんが船を下りた五島市の福江大波止ターミナルや土産物店で買えるほか、市内の「ふるさと館」では木・金曜日に製作実演もあっている。
森繁久弥と渥美清、2人の演技がしみじみと相対した6作の玉之浦ロケ。深く入り組んだ入り江や島影は、今もそのままだ。町内には、明治30年に建てられ、日本で最初に造られたルルドの泉や石窟のマリア像のある井持浦教会がある。
美食やぜいたくとは縁遠かった寅さんだが、俳優・渥美清も似通っていたらしい。その彼が6作の五島ロケで気に入り、よく注文したのが「五島うどん」だったとか。五島特産の椿油を練りこみ、コシがあって細くなめらかな細麺を、ゆでた鍋ごと食膳に出し、アゴ(飛魚)のだしで食べる「釜揚げ」が一番うまい。乾麺でみやげ物としても売られている。
6作で寅さんが子連れの娘を励ましていた夕暮れの長崎港。今ではターミナルも新しく整備され、周辺は異国情緒あふれる飲食スポット「出島ワーフ」や、広い芝生の海浜公園、絵画の他に建築も見ごたえ十分な「長崎県美術館」などが建ち並んで、魅力的な観光ゾーンに変身した。港から見える湾の「女神大橋」も、平成17年に完成したばかりだ。
20作『寅次郎頑張れ!』で、楚々とした美人・藤村志保が暮らすのが港町平戸。江戸時代、出島に移る前のオランダ商館があったのが平戸だった。最盛期には本館や石造りの倉庫、住居群、病院などが設けられ、アジア各地の中で最もみごとな商館だったという。今も倉庫跡や石段が残り、フランシスコ・ザビエルの記念碑、ジャガタラお春の像、オランダ橋などの史跡も数多い。
47作『拝啓車寅次郎様』のラストシーンは、平成6年に雲仙温泉でロケされた。3年前の雲仙普賢岳噴火で客足が落ちた雲仙温泉も、この頃にはもうだいぶ復活していた。「男はつらいよ」は、最終48作でも阪神淡路大震災を題材に取り上げ、復興する町の様子をストーリーに入れている。山田洋次監督の、“傷ついた弱者”への温かい視線が、こういう細部にも表れているのかもしれない。