椎葉村特有の一列型平面形式の母屋と馬屋からなる建築群が、険しい山々の谷間の南下がりの段丘地に形成されている。緑豊かな山林に囲まれて、石垣が重なり合う美しい山村の景観を構成し、また優れた歴史的風致が作られている。わが国にとって失われてはならない貴重な建造物群であり、山村集落として九州初の選定となった。
かつて「美々津千軒」とうたわれ廃藩置県時代の美々津県庁跡から一望できる美々津の町並みは、京都や大阪の町屋造りを取り入れたものとして注目され、上町、中町、新町の通りは、今なお当時の面影を残しており、道行く人々の心と足を止める。特に昭和55年、日向市に寄贈された市指定文化財「旧廻船問屋、元河内屋」は昭和57年、国、県の補助を受け、復元され日向市歴史民俗資料館として、この町並みに開館。全国的に珍しい河口に面した港のある江戸時代の町屋を偲ぶことが出来る。
町の北部の麓地区には武家屋敷群が整然と続いている。国名勝指定の7つの庭園と、それらを結ぶ土色の歩道は目にも優しい。
薩摩の小京都、お茶の産地、平和の町‥‥いろいろの冠がつく知覧は、第一に住む人の心の暖かさだろう。歴史が今に保たれているのはそれが大きい。暖かい風土であるだけに特攻平和会館は胸がしめつけられる。ぜひ、町並みを歩く時間的ゆとりをコースに持たせてほしい。歴史資料館もある。
四隣に威を振った薩摩藩随一の堅城(山城)である清色城を中心に川原石を使った玉石垣による整然とした区画制、武家屋敷門(茅葺門)、大手門前の濠や広馬場下門口を備えたお仮屋跡など多くの史跡、文化財が残っている。
出水郷に赴任する薩摩藩士の住宅兼陣地として、中世山城である亀ヶ城跡の山すそにあり、中を流れる平良川をはさんで高屋敷と向江屋敷の二つにわかれ、このうち、遺構がよく残っているのが高屋敷の方。町並みは丸石を積んだ石垣の上に生垣を植え込んだものが道の両側に続き、所々に大きな武家屋敷の門が見える。なかでも出水小学校の校門になっている御仮屋門は行政庁が置かれ、藩主が藩内視察の際の宿泊施設でもあった御仮屋の門で、大きく格調の高さをうかがわせている。また、砲術指南役であった伊藤家や大郷士であった税所家など、風格のある家も残る。