土やコンクリートを覆う、私たちの身の回りにあるコケ。普段は意識することはないかもしれませんが、改めてよく見てみるとその生態の不思議さ、造形の美しさにはっとさせられます。今回は、そんなコケの奥深い世界を知る旅のご案内です。
宮崎県日南市北郷町にある猪八重(いのはえ)渓谷は、手付かずの自然林が多く残っており、この地域特有の多雨多湿な環境から“コケの宝庫"として知られています。日本に1,900種あるコケ植物のうち300種近くが確認されており、この渓谷を分布の北限とする種や他の地域ではほとんど見られない種も多く存在します。そのため、猪八重渓谷は日本蘚苔類学会より平成30年8月28日に「日本の貴重なコケの森」に認定されました。
そんな“コケの宝庫"である猪八重渓谷へ行くなら、苔ガイドの案内で回る「リフレッシュいのはえ苔の森さんぽ(2時間)」がおすすめです。登山用のトレッキングシューズと動きやすい服装、水持参で参加してください。
北郷の森でノルディックウォークや森林セラピーなどのアクティビティを提供するNPO法人ごんはるが主催しており、料金は1~4名まで10,000円。4名で申し込めばひとり当たり2,500円で参加できます。
コケの知識がない人でも苔ガイドがわかりやすく案内してくれるので、コケの世界の楽しみ方を知ることができます。
猪八重渓谷に入った瞬間から空気がすっと変わるのを感じます。コケによって水が豊富に蓄えられているため、湿度が高く肌に心地よいのです。その水分保持力の高さからコケは“森のダム"と言われているほど。森の環境を守る上でコケは大きな役割を果たしているのです。
ではコケはいつ頃から地球上に生息しているのでしょうか。ガイドさんによると、海から陸地ができたとき、上陸した最初の植物がコケなのだそう。空気中に胞子を飛ばすことで、生息域が広がったということです。
こうして、苔ガイドの案内で回ってみると、一つひとつのコケの造形の美しさや面白さに気づかされます。何よりコケの名前を学べるのが楽しいです。まるで孔雀の羽根のような「クジャクゴケ」や、うり坊のようなかわいらしい姿の「イクビゴケ」など、命名にもセンスを感じました。
コース折り返し地点の学習の森では、リフレッシュタイムがあります。木漏れ日が落ちるこの場所にシートを敷き、目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返します。風に揺れる葉音が聞こえてきて、五感が研ぎ澄まされ、気がつけば体の奥からリフレッシュしています。
その後、温かいお茶とおやつのサービスも。取材日は2月だったため、地元産のいちごが提供されました。森の中を散策した後にいただくいちごの甘酸っぱさは格別です。
今まであまり目を向けていなかったコケにも、奥深さと美しさがあることに気づかせてくれるすてきなツアーでした。皆さんも、ぜひ体験してみませんか。猪八重渓谷はコケの宝庫でしたが、街中にもコケはたくさんあります。これからコケを見る視点がちょっと変わるかもしれませんね。
苔ガイド問い合わせ先:NPO法人ごんはる TEL:0987-55-2700
リフレッシュいのはえ苔の森さんぽ(2時間コース) 1~4人10,000円、5人以上は1人につき2,500円プラス ※上記を超える人数でのご利用の際は、お問い合わせください。
猪八重渓谷でコケの観察をしたら、今度は服部植物研究所を訪れてより深くコケの世界について学んでみましょう。猪八重渓谷から車で約20分、飫肥(おび)のメインストリートに服部植物研究所はあります。
服部植物研究所は1946(昭和21)年に服部新佐(はっとりしんすけ)博士によって設立された世界で唯一の蘚苔(せんたい)類専門の研究機関です。服部博士は当時ほとんど知られていなかった南九州に分布する蘚苔類の種類を明らかにし、その後調査範囲を南九州から日本各地、ヒマラヤ、中国南部、ニューギニアなどアジアを中心に世界へと広げていきました。コケの世界で知らない人はいないと言われている研究所です。
建物は研究所の言葉でイメージされるような無機質な印象ではなく、古い洋館の佇まいを残しながらもモダンにリノベーションされています。白を基調とした内装に、コケや標本などの展示物がよく映えています。建物は、2019(平成31)年3月に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。
ここでは蘚苔類の研究や関連資料の収集・整理、研究成果の出版などが行われていますが、一般見学も受け付けており、10:00~16:00の開館時間内であればいつでも無料で見学できます。(※人数によっては事前申し込みが必要なので、団体の場合は事前にお問い合わせを)
顕微鏡でさまざまなコケ類を観察できるほか、服部博士が収集した貴重な図鑑のレプリカや愛用の仕事道具などを見ることができます。19世紀の図鑑に描かれた繊細なコケのイラストや時代を感じさせるタイプライターなどを眺めていると、このミクロの世界の奥深さに魅了された人たちの情熱が伝わってくるようです。
また、顕微鏡を覗いてみると、コケの造形の繊細さ、多様さに好奇心が刺激されます。コケは水分が足りず乾燥したときと、たっぷり水分を含んだときでは大きく見た目が変化します。特にスナゴケがわかりやすく、霧吹きで水を吹きかけて顕微鏡を覗いてみると、茶色く乾いていたコケが鮮やかな緑色に変化していく様は圧巻です。
研究所内では蘚苔類に関する本やポストカードなども販売されています。コケの世界についてもっと知りたくなったら、図鑑を求めてみてはいかがでしょう。名前を知るごとに、コケの世界への愛着が湧いていくようです。
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