おいしい島 九州

野草をしっかり食べて育ち、 千年の草原を守る〝あか牛〟

草原のあか牛〈熊本県阿蘇全域〉

標高の高い阿蘇外輪の山々は、まだ肌寒さを感じる3月。草原に火が入れられ、野焼きが始まります。 そして、春から初冬にかけて、あか牛の母牛が放牧されます。 草原ではその放牧されたあか牛がゆっくりと草を食む姿を見ることができます。阿蘇の草原の景観は、地元の人たちが先祖から受け継いで管理し、 千年の間守られてきたもの。この草原を活かした畜産や農業、それにかかわって育まれた文化、生態系などが将来に受け継がれる農業システムとして、世界農業遺産にも認定されています。その草原の草を食べ、おいしく育ったあか牛を探してきました。

世界最大級の火山に暮らす人々が守ってきた草原

阿蘇五岳と阿蘇外輪山は二重式の火山で、規模は世界最大級。阿蘇外輪山は、阿蘇五岳をほぼ900mの高さでぐるりと囲み、周囲は128kmに及びます。また、火口原には約5万人が暮らしているのも特徴です。 外輪山の山肌は、一面の緑で覆われる草原となっています。これは、1000年前から地元の人々の手で管理されてきたからこそ見られる風景だと言われています。中でも、草原で草を食べるあか牛の姿は、阿蘇外輪を代表する風景の一つでしょう。 あか牛は、正式には褐毛和種。韓牛が起源とも言われ、熊本系と高知系に分かれています。熊本のあか牛は、熊本県内の在来種とシンメンタール種の交配で改良された固定種で、熊本は、全国1位のあか牛の産地です。寒さや暑さに強く、放牧に適した性質を備え、温厚な性格と言われています。 あか牛をはじめ、黒毛和牛やホルスタインなどを放牧する畜産農家は牧野組合を組織し、草原を管理しています。3月には、牧野組合員らの手で火が入れられ、壮大なスケールの野焼きが行われます。起伏の激しい山肌は、代々受け継がれてきた技術をもとに真っ黒に。この時期の野焼きにより、人畜に有害な虫を駆除することができます。また、牛が食べない古い草も焼くことができ、草原の維持が可能になります。 その後1週間ほどで野草や牧草が芽吹き、4月中旬から5月になるとあか牛の母牛を放牧。あか母牛たちは、草原に育った野草や、採草された干し草を食べて暮らします。

草原の草を食むあか牛

全国1位のあか牛の産地で牛本来の育て方を続ける農家

「10cmくらいに育った野草の新芽は酸っぱくて、牛が喜ぶんですよ」と顔をほころばせるのは、熊本県阿蘇郡産山村で50年近く畜産を営んできた井(い)博明さん。標高777mの高原牧場であか牛を育ててきました。12名で構成する上田尻牧野組合の共同草地は280ha、井さんの自家草地は4ha。ここに放牧されたあか牛は、1日に40〜50kgの草を食べながら、5〜8kmほど移動して暮らします。井さんは、「牛は草食なので、一番正しい育て方だと思っています。何より草を食べて育ったあか牛は余分な脂肪がつかず、病気にもなりにくいんですよ」と教えてくれます。 現在、牛舎の管理は、後継者である娘婿の俊介さんが主に行っています。「私たちは5月上旬に母牛放牧を始め、12月下旬に牛舎に戻す『夏山冬里方式』で育てています。離乳するまでは基本的に親子放牧で、仔牛は、健康な母乳と阿蘇久住山系の湧水を飲んで育ちます。肥育牛は牛舎で育て、草原に育った牧草をたっぷり与えます。牧草や野草、わらなどの粗飼料を食べたいだけ食べさせるのも私たちのこだわりです」と俊介さん。一般的な粗飼料率は、総飼料中の10%未満であるのに対し、俊介さんたちが育てた草を使う粗飼料の割合は30〜35%ほど。この独自の飼育方法は「放牧型粗飼料多給飼育方法」と呼ばれています。 また、アニマルウェルフェアの考えから、遺伝子組換えの飼料、収穫後の農薬使用飼料を与えず、濃厚飼料の給餌量も制限。さらに、冬を過ごす牛舎内では1頭あたりのスペースを確保しています。

粗飼料は1日2回与えます

井俊介さんは、8年前に農家を後継。「自分が作った草を牛が喜んで食べてくれるところを見るとやりがいを感じます」と話します

とうもろこしや大豆粕、きな粉などを独自に配合した独自の飼料

あか牛本来の味を堪能できる生産者一家が直営するレストラン

大切に育てたあか牛のおいしさを知ってもらいたいと、井さんが運営しているのが農家レストラン「山の里」です。あか牛の肉は赤みが多く、さっぱりとした後味です。 「味はどこにも負けないという自信があります。焼いたら何もつけずに食べてみてください」と井さん。さっと火を通しただけのレアな肉を頬張ると、口中に旨味のある肉汁が広がります。そして、噛めば噛むほど複雑な味わいに。ほのかに感じる甘味は、草原の草を食べて育ったからこそ出せる味だと井さんは胸を張ります。農家民宿も併設しており、あか牛の肉を楽しみながら、築200年の古民家に宿泊することも可能です。

井さんが家族で経営する「民宿・農家レストラン 山の里」

焼肉定食

ロースステーキ定食

写真提供 公益財団法人阿蘇グリーンストック

INFORMATION

あか牛が食べられる店

民宿・農家レストラン 山の里

井博明さんが開いた農家レストラン。井さん一家が育てたあか牛の味を、ロースステーキ定食やヒレステーキ定食などで堪能できます。定食に付くご飯は、自家製の特別栽培米です。井さんの妻のゆいさん、娘のゆりさんたちが育てた季節の野菜もたっぷり。隣接する築200年の民宿に宿泊する場合、夕食は焼肉かステーキを選べます。

■民宿・農家レストラン 山の里

熊本県阿蘇郡産山村田尻202
TEL.0967-25-2253
営業時間.11:00〜19:00(ラストオーダー)/休.水曜
■山の里2号店
熊本県熊本市中央区白山1-5-7
TEL.096-362-5533
営業時間.11:00〜13:00、17:00〜21:00/休.月曜、第1・3・5火曜
http://aso-yamanosato.com