おいしい島 九州

〝天空の茶畑〟で育つ 環境に優しい緑茶と紅茶

水俣茶〈熊本県水俣市〉

熊本と鹿児島の県境。西に長崎の島原雲仙岳、南に鹿児島の霧島を望む標高600mの高原の丘陵に、緑の茶畑が広がっています。〝石が飛ぶ〟ほどの強風が吹くことから石飛(いしとび)と名付けられたこの地区は、水俣茶発祥の地。90年ほど前に植えられた在来種の茶の木が今も多数存在している全国でも珍しい地区です。農薬を使わない栽培法を導入し、摘んだ茶葉を緑茶や和紅茶に加工している茶園を訪ねました。

90年前に始まった、
〝水俣茶〟の栽培

全国2位の生産高を誇る鹿児島県の知覧茶を筆頭に、福岡県の八女茶、宮崎県の宮崎茶、佐賀県の嬉野茶。九州には、地名を冠した全国有数のお茶の産地が多数存在しています。ここで紹介する〝水俣茶〟は、それらの産地とは異なる歴史を持ち、貴重な在来種の茶の木を、独自の栽培法で育てて作られているお茶です。

水俣市中心部から車で30分ほど。水俣茶の産地の一つであり、水俣茶発祥の地とされる石飛地区に着きます。ここでの栽培の歴史は、90年ほど前の大正時代、アメリカで農業を学んだ南畝(のうねん)正之助がこの地の開拓に着手し、お茶の木のタネを植えたことに始まります。将来の機械化を見越した大規模農業だったと伝わっています。第二次世界大戦中に茶畑は一旦荒廃。しかし、戦後10年経った頃、新たに60世帯ほどが集団入植しました。そして、荒れていた土地を開墾し、元々植えられていた在来種の茶の根を再生させていったのです。

水俣茶発祥の地に立つ天野茂さん

初夏から始まる収穫作業

標高600mの高原に広がる、
〝天空の茶畑〟

入植者の一人だった父親の代からお茶の生産に携わる〝天の製茶園〟の天野茂さんは、現在、6haの茶畑で、緑茶と紅茶を合わせて6tほどの生産・加工・販売をする農家。案内してくれた茶畑は、視界を遮るものはなく開放感満点。〝天空の茶畑〟とも呼ばれています。一帯は、標高600mの高冷地。土壌は火山灰土です。「寒暖差のある高原で育った茶葉は、香りが高く、鮮やかな色が出るお茶になります」と天野さん。石飛地区は、良いお茶が育つ条件が揃っているのです。

360度の視界が広がる茶畑

天の製茶園の製茶工場

安心して口にできる
お茶を作るという決意

高校卒業後すぐに父親の後を継いだ天野さんが、農薬を使わないお茶の栽培を始めて40年。その背景には、水俣病の存在がありました。産地が〝水俣〟であることが、山奥で育った茶の販売にも影響したのです。「水俣産の農産物はお茶に限らず、買ってもらえない時期が続きました」と天野さん。1本1本の個性が強くて管理しにくい在来種から、栽培しやすい品種に切り替えたくても、苗の購入資金が得られなかったと話します。しかしそのことが、今では逆の効果を発揮。全国でも珍しい在来種が育つ茶畑となったのです。

天野さんは、「栽培と加工を続けても、水俣産というだけで買ってもらえない。やりがいを感じられなかったけれど、今の境遇に向き合うしかないと思っていました」と、当時を振り返ります。そんな時、福岡正信氏が書いた自然農法の本と出合い、農薬を使わない栽培に取り組み始めたそう。「この地に住んで、水俣病を見てきました。だからこそ、安心して口にしてもらえる安全なものを作ろうと思ったんです」と、きっぱり。除草剤も使わないため、春から秋にかけては草取りに追われる毎日が続きます。「夏は暑いけど、ここは風が吹くからね」と笑う表情からは、無農薬栽培を続けることへの強い決意が伺えます。

在来、やぶきた、サヤマカオリを中心に、10種類ほどが揃います

在来種の緑茶は、まろやかでスッキリとした後口

緑茶の茶葉を和紅茶に。
新たな試みが好評

お茶農家は、自ら栽培して摘んだ茶葉を製茶し、製品として出荷します。天野さんは「二番茶は虫が来て茶色になりがち。無農薬栽培したのに緑茶としての価値がなくなるのはもったいないので、紅茶にしようと考えました」と、和紅茶作りを始めたきっかけを話します。また、あるものを生かすという考えから、あえて緑茶の品種を紅茶にすることに挑戦。今では、製茶の8割を和紅茶が占めるようになりました。火入れの仕方や、独自の発酵技術などによる製茶を行うことで、個性が強く、印象的な味に仕上がっています。

在来種の和紅茶

茶葉は少なめに。湯を注いで5分ほど待つとエグミが出ず飲みやすくなります

スタンダードをはじめ、ハーブをブレンドしたものなど、新しい商品も多数

和紅茶が飲める〝和紅茶工房ログカフェ〟

 

取材協力/天の製茶園

INFORMATION

天の製茶園のお茶が飲め、購入できる店

和紅茶工房ログカフェ

天野実千代さんが迎えるカフェ。和紅茶ほか、ケーキセットもオーダーできます。天の製茶園のお茶も販売しています。

熊本県水俣市石坂川/TEL.0966-69-0255/営業時間.11:00〜16:00/休.火曜
https://www.fb.com/wakoucyakoubou/